静けさを綴る旅——トラベラーズノートと歩いた京都、大原三千院の朝

 


静けさを綴る旅——トラベラーズノートと歩いた京都、大原三千院の朝

京都を旅したあの日、私はトラベラーズノートを一冊だけ持っていた。 

 カメラもスマートフォンも最小限にして、 書くことと感じることに集中したかった。 

 目的地は、大原三千院と京都駅周辺。 静けさと喧騒、その両方を味わいたかった。


朝、まだ観光客の少ない時間に、 大原の山あいへと向かうバスに揺られた。 

 車窓から見える田畑や杉林が、 少しずつ日常の感覚を遠ざけていく。 バスを降りた瞬間、空気が変わった。 

  湿った土の匂いと、山から吹き下ろす風。 それだけで、心がすっとほどけていくのを感じた。


三千院、苔と光の庭で


三千院の門をくぐると、 そこには時間が止まったような静寂が広がっていた。 

 苔むした庭に、朝の光が斜めに差し込んでいる。 木々の間からこぼれる光が、苔の上にやわらかく落ち、 まるで緑の呼吸が聞こえてくるようだった。


本堂の縁側に腰を下ろし、ノートを開く。 ペンを走らせる音だけが、静かに響く。 

 「この静けさを、どう言葉にすればいいのだろう」 そう思いながらも、 書くことでしか残せない感覚があると信じて、 一文字ずつ、丁寧に綴っていった。


庭の片隅には、わらべ地蔵が並んでいた。 その表情はどれもやさしく、 まるで「よく来たね」と語りかけてくるようだった。 

 その前でしばらく立ち止まり、 ノートに小さなスケッチを描いた。 記録ではなく、記憶のために


京都駅の喧騒と、旅の余韻

午後、再びバスに揺られて京都駅へ戻る。 

 大原の静けさとは対照的に、駅周辺は人であふれていた。 けれどその喧騒も、どこか懐かしく感じられた。 

 旅の終わりにふさわしい、現実へのやさしい着地のようだった。


駅ビルの屋上庭園に上がり、 京都の街並みを見下ろす。 遠くに見える山々と、足元を行き交う人々。 そのコントラストが、旅の輪郭をくっきりと浮かび上がらせてくれる。


ベンチに腰を下ろし、ノートの最後のページを開く。 大原で感じた風、苔の匂い、わらべ地蔵の笑顔。 それらを言葉にして閉じ込める。 

 「また来よう」と書き添えて、そっとノートを閉じた。


まとめ|書くことで旅は深まる

トラベラーズノートを持って旅をすることは、 ただの記録ではなく、感情の輪郭をなぞる行為だと思う。 

 書くことで、風景はより深く心に刻まれ、 旅の余韻は、日常の中でもふとよみがえる。


京都、大原三千院と京都駅。 静けさと喧騒、その両方をノートに綴ったこの旅は、 今でもページをめくるたびに、 あの朝の光と、夕方のざわめきを連れてきてくれる。