晴れた日曜日、若宮大路で立ち止まる…鎌倉




晴れた日曜日、若宮大路で立ち止まる

― 何気ない風景と、心の奥の小さな戸惑い ―


日曜日の鎌倉は、いつもより少しだけ浮き足立っている。観光客の笑い声、カメラのシャッター音、どこからか漂ってくる焼きたてのクレープの甘い香り。


若宮大路を歩いていると、そんな日常のざわめきが、まるで春の陽射しのようにやわらかく降り注いでくる。


今日は雲ひとつない快晴。段葛の桜並木はまだ蕾のままだったけれど、空の青さと石畳の白さがまぶしくて、なんだかそれだけで十分だった。

私はお気に入りのスニーカーで、ゆっくりと歩を進める。特別な予定があるわけでもない。ただ、歩きたかった。

何かを考えたくて、でも考えたくなくて、気づけばこの道を選んでいた。


若宮大路は、まっすぐで、どこか潔い。鶴岡八幡宮へと続くこの道は、まるで心の中の一本の線のようだ。

まっすぐに見えて、でも実際には人の流れに押されたり、ふと立ち止まったり、思いがけず脇道に逸れたりする。

そんなところが、今の自分に似ている気がして、少しだけ親しみを感じる。


ふと、段葛のベンチに腰を下ろす。

目の前を通り過ぎる人たちは、みんなそれぞれの時間を生きている。家族連れ、カップル、ひとり旅の人。笑っている人もいれば、黙って歩いている人もいる。

私はといえば、どちらでもない。笑っているわけでも、沈んでいるわけでもない。ただ、少しだけ心がざわついている。


理由ははっきりしない。最近、何かがうまく噛み合っていないような気がしている。

仕事も、生活も、大きな問題はないはずなのに、どこかで「これでいいのかな」と思ってしまう。そんな自分に戸惑っているのかもしれない。


でも、こうして鎌倉に来ると、少しだけ気持ちがほどける。

風が頬をなで、鳥の声が遠くで響く。目の前を通り過ぎる人の笑顔に、ほんの少し救われる。何も解決していないのに、なぜか「大丈夫かもしれない」と思えてくる。


私はバッグからノートとペンを取り出す。

ティファニーのボールペン。銀の細身のボディが、陽の光を受けてきらりと光る。このペンで書くと、言葉が少しだけ丁寧になる。

心の中のざわめきを、そっと紙の上に落としていくような感覚。

「今日は、晴れている。風が気持ちいい。だけど、心の中は少し曇り空。」


そんな一文から始めてみる。書いているうちに、少しずつ気持ちが整っていく。

言葉にすることで、自分の中のもやもやが輪郭を持ち始める。答えは出なくても、それでいい。今はただ、書くことが必要なのだ。


日曜日の若宮大路は、いつもより少しだけにぎやかで、少しだけ優しい。

そんな空気の中で、私は自分の心と静かに向き合っている。

何かを決める必要はない。ただ、こうして立ち止まる時間が、きっと次の一歩を軽くしてくれる。


帰り道、小町通りの角にあるカフェで、温かい紅茶をテイクアウトする。

カップを両手で包みながら、私はもう一度、若宮大路を振り返る。まっすぐな道の先に、鶴岡八幡宮の鳥居が小さく見える。


「また来よう」と思う。何かを決めたわけじゃないけれど、そう思えたことが、今日の収穫だった。